志村けん 笑いの本質
志村けんは 観察力が優れているのだと思います。生まれ持った能力プラス小学校の運動会で漏らしてしまったことから、皆の笑いもの、その後は逆にクラスのひょうきんな人気者になるという展開のなかで、自分のまわりの人間の態度や表情の変化、それにともなう空気(雰囲気)の変化、そういったもの一つ一つを、小学校の頃から無意識に観察し、彼の笑いの世界に落とし込んでると思います。
志村さんの笑いの特徴は まのとりかた、古舘伊知郎さん高田純次さんのようなでマシンガントークでなく。共演者とのまのとりかた(研ナオコさんとのからみなど)
ある意味それが 見ている側との一体感を産み。結果 独特のユーホリアを産むのだと思います。自分が嫌いな お笑い、 島田紳助や浜田など 態度が横柄、言葉使いが えらそう。しかも 面白くない。
島田紳助やさんまのネタで 60年以上 自分は生きてきて 1度も笑ったことはありません。かなりテレビは見てましたが、例えば伸介の話は、だいたい 話のおちが わかるのです、浜田も同じ。
テレビのお笑いの人は ほとんどが、面白い人でなく、お笑いを目指した連中で、笑いのセンスが突出した人間ではありません(実際、自分は まっちゃん(物まね)とかその他お笑い芸人を街中でゲラゲラ笑わせたことがあります)たけし、たもりは 特別ですが、ある意味 タモリ クラスで 初めてテレビに出れるレベル。それが昭和の お笑いのハードルの高さでした。
関西のお笑いは嫌いだし、つまらないので割愛します。
最終的に、志村さんが 亡くなられたのは 多くの人にとっては痛恨の極みだと思います、しかし、志村けんさん的には、自分が目指した笑いの一時代を築き、日本のみならず台湾や中東、世界各地の人を笑わせ、幸せな気持ちにした。
この事実は、一人の日本人の業績として ノーベル平和賞以上だと思います(全く別のベクトルのものですが)
また、ちがう視点でみると、60過ぎの、もてないおやじ(自分)から見ると、ロールスロイスに乗り、綺麗なおねーちゃんと毎晩のように同伴し、たくさんの綺麗な女性達に囲まれた生活、羨ましいの一言。
真偽は定かではありませんが、今回も銀座のクラブから「コロナで客が来ないから
志村さんキテー」のような展開で罹患し 意識を失った。
80代の老人の多くが自分は苦しまずにコロっと亡くなりたいが本音。そういう意味では 長い期間苦しまずに亡くなられたというのは、見送る側からは無念でも、亡くなる当事者として長く苦しまずにすんだという捉え方もあります。
人間長く生きることが大切なのでなく、周りの人にどう振舞うか、それがすべてなのだと志村けんさんの特番を見て 強く感じました。
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